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ジーンズの歴史

What Jeans

「ジーンズ言葉は、簡単にいえば、「ジーンという生地で作られたズボン」という意味です。
今ではジーンズと呼ばれるのが一般的ですが、少し前までは「ブルージーンズ」とか「Gパン」と呼ばれていました。

1947年
「ジーンズ」という名前が初めて登場します
「ラングラー」というメーカーが、商品のデニムのズボンに「オーセンテック・ウエスタン・ジーンズ」と刻印を
したのがはじめてと言われています。

1960年頃 
ジーンズ生みの親と言われる「リーバイ・ストラウス社」が、自社の商品にはじめてジーンズという言葉を使った。


Jeansの誕生


1870年12月 
ある日、アメリカ合衆国 リノ市に住んでいる1人の仕立て屋 ヤコブ・W・ディビスは、森林労働者の妻から、
夫のために丈夫な作業ズボンを作ってほしいと依頼を受けました。
(当時は、オーダーメイドがあたり前だったようです)

ヤコブは、さっそく テント地でズボンを仕立てました。
(デニムの作業ズボンは存在していたので、綿織物の作業ズボン自体はヤコブのオリジナルではありませんでした。)

ズボンの完成後 力がかかる部分のポケットの縫い目が、大変破れやすかったので、
たまたま テーブルの上に置いてあったリベット(金属の鋲)をポケット開口部に縫い付けることを思いつきました。

このアイディアは、またたくまに評判となり、18か月の間に200本を作って売るまでになりました。

既製服の始まりは、注文に備えて何本かズボンを作っておいた労働着から生まれました。


特許申請

ヤコブは、真似されないように「特許」を申請することにしました。
しかし、手続きや費用の面で難しかったため 生地の仕入れ先であったサンフランシスコの「リーバイ・ストラウス社」 経営者リーバイ・ストラウスに、 特許申請を頼むことにしました。

ヤコブの条件は、特許申請者の名前は、「ヤコブ」にすること。
費用を負担してもらうこと。
そのかわりに、販売権を半分譲るともちかけました。

1873年5月 
ヤコブはついに特許権を得ることが出来ました。

こうして、ヤコブとリーバイ・ストラウス社の共同製品としてのジーンズ「リーバイス®ジーンズ」の原型が
誕生しました。

1874年 
「リーバイ・ストラウス社」は、白や茶色の綾織りズック地やデニムでポケット口にリベットを打った
ズボンを本格的な販売を始めました。

ひとりの仕立てやの創造的なアイディアと時代を読む企業家によって大規模な既製服産業へと発展していったのです。


Jeans in Japan

1945年(昭和20年代)後半
日本でのジーンズの歴史は、第2次世界大戦で戦勝国アメリカの軍隊のゴミ同然だった古着の中に大量のジーンズがあり、
金持ちの国、自由の国アメリカらしいジーンズが次第に日本人の心をとらえるようになりました。

1960年(昭和35年)頃
輸入ものであったジーンズを国内でつくろうという動きから、国内ジーンズは アメリカからデニム生地を輸入した
「キャントン」「ビックジョン」はジーンズ生産を始めました。

これ以降 日本国内でデニムブームとなり、広島、岡山両県を中心にデニム生地やデニム製品の生産が盛んになりました。

1970年(昭和45年)以降 
ジーンズが、広く大衆に受け入れられるようになりました。

1971年 
ジーンズの生みの親である「リーバイス」が日本にやってきました。


そして、19世紀末 アメリカの仕立て屋の手によって生まれらジーンズが、百年後の今「世界のカジュアルウエア」となったのです。